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高校一年学年旅行

2016年度の例

「ありがとう 那須」

「学年全体で苦労を乗り越え、達成感を得る」。これが今回の旅行のコンセプトであった。四月に新たなメンバー一〇二名を迎え、いよいよ旅行という雰囲気が高まってきたのは、中間試験が終わったころからであろう。旅行委員たちはしおりの作成に向けてだいぶ根を詰めていたが。

さて、今回の旅行は「那須塩原」を中心に栃木県を巡るコースが設けられた。初日は大田原市の県北体育館で生徒主導のアクティビティが行われた。全員が無言のまま、十二星座に分かれる「グループ分け」では、生徒たちが工夫をして自分の星座を伝え合う様子がほほえましかった。ジェスチャーでアピールする者、ホワイトボードにマグネットで字を書く者など、各自が工夫を凝らして仲間を探していた。秀逸だったのは、「Y木」先生を連れてきてグループのシンボルにした者たちだ。彼らが何座なのかは説明せずともおわかりいただけるであろう。

他には、「貿易ゲーム」という戦略を駆使したゲームを全員で行ったり、グループに分かれて人文字をつくったりと様々なアクティビティを行っていた。

初日はこのあとに那須岳ハイキングを予定していたが、山頂のコンディションが悪く、断念せざるを得なかった。その判断のおかげでホテルでの活動はゆとりができ、体力の余った生徒たちが遅くまで親交を深めることになったのは言うまでもないだろう。

二日目は七つのコースに分かれた。私は「開墾コース」という一見すると何かのペナルティのようなコースの担当であった。

大田原市の前田牧場が所有する休耕田をお借りし、好き放題に伸びた草をかり集め、鍬で地面を掘り起こす作業を行った。普段農作業などとは無縁の開成生だが、いざ始まると黙々と草を刈り集め、あっという間に刈り取った草の小山を作り上げたのには、引率の私だけではなく、農家の方々も驚いていた。カエルに蛇、果てはモグラまでが生徒たちを歓迎してくれ、私自身も自然の中で久しぶりに心地の良い汗をかくことができた。最後には植え付け作業も行い、自分たちで開墾した畑や作物の育ち具合はネットで観察できるとのこと。帰りのバスでは、作業の疲れか、はたまた前夜のがんばり故か、生徒たちはすやすやと心地よさげに寝息を立てていた。

2015年度の例

高校から新しく仲間を加えた高1学年の旅行(一泊二日)は、「今しか行けない、皆が一つになれる旅行」をコンセプトに、委員長の大堀君、副委員長の栗田君(この二人は、委員長選挙において得票数の差がわずか一票であった)を中心に、旅行委員が1年間準備してきた。「今しか行けない」の「今」とは、二〇一五年の「今」であると同時に、一五・六歳の「今」ということであり、「皆が一つになれる」とは、新しく高校から加わる仲間も加えて学年全体が一体感を味わえるということである。このコンセプトに沿って行先候補が絞られてゆき、学年投票の結果、行先が岩手・安比高原方面に決まった。これが、昨年七月のことである。以来、旅行委員の面々は、岩手・安比高原という舞台でこのコンセプトを少しでも具現化すべく、まさに粉骨砕身で準備にあたってきた。
終わって振り返ってみれば、岩手・安比の自然や文化を舞台に、このコンセプトは十分に達成されたように思う、顧問としては、このコンセプトに加えて、折に触れて「旅行代理店が持ってくるようなコースではなく、開成生ならではのコースを創り上げてほしい」ということを伝えてきたが、それもまた十分に達成されたと思う。

宿泊先の安比高原は、標高一三〇五メートルの前森山の麓に広大なブナの二次林が広がっており、豊かで神秘的な自然のなかに、人と自然の交わってきた歴史が感じられる空間となっている。今回は、ほぼ全員が、二日間のいずれかで、ブナ林で散策やオリエンテーリングを体験するコース設定がされた。オリエンテーリングは、事前に旅行委員が開成生向けに難易度の高いコース設定を依頼、ポストに到達するために道無き道を進み、クマやカモシカに遭遇した生徒もいたほか、二日目の散策に参加した生徒は、絶滅危惧種のモリアオガエルやその卵に出遭ったようである。一日目はあいにく天候に恵まれず、嵐のなかのオリエンテーリングとなったが、悪天候のなか大自然を駆け回ったり、都会では出遭うことのできない生き物と出遭ったりというのは、まさに一五・六歳の「今」しかできない体験であろう。
ブナ林以外には、前森山をマウンテンバイクで下るコース、近くの鍋越沢を登りながら生物調査を体験するコース、パラグライダー体験のコースが設定された。パラグライダーは、悪天候により2日間とも出来なかったが、恐らくは最も落胆したであろう準備担当の生徒が「ブナ林も楽しかったですよ」と笑顔で語ってくれたとき、彼らには彼らなりにこの体験を活かしていく力があると感じた。
さらに安比高原以外のコースとして、盛岡市内をめぐるコース、歴史の舞台平泉をめぐるコース、文学の舞台花巻をめぐるコース、御所野縄文公園で縄文時代の生活を体験するコースが設定された。紙面も限られているので、縷々その内容を述べることはしないが、いずれも一五・六歳の「今」しかできない経験であったろう。

「皆が一つになれる」というコンセプトは、夕食(BBQ)の前に行った学年レクリエーションで、達成されたように思う。委員長の大堀君を起点とし、誕生日順に言葉を使わずに円形に並ぶ。沈黙のなか学年の輪が徐々に出来上がっていくのは壮観であったし(ただ、一学年四〇〇人近くというのはやはりかなり人数規模が大きく、大きなホールでもやや手狭ではあった)、並んでいる最中に、この学年で流行っている(らしい)音頭の手拍子が自然に発生したときは、この学年らしい一体感が感じられた。
今回の旅は、自然を正面から相手にしなければならないコースが多かったり、行程に幾多のパターンがあり複雑化したりして、旅行委員、とりわけ執行部の生徒たちの苦労も大きかった。しかし、その分、成長の幅も大きく、様々な面での「可動域」が大きく広がったのではないかと思う。顧問である私もまた、教員として学ぶところの多い一年であった。
これまでの経験の集大成たる来年度の研修旅行が今から楽しみである。

2014年度の例

高一の旅行は一泊二日で、上高地・飛騨方面に行きました。

学校前でのバス待機の問題や都心部の渋滞回避のため、新宿センタービル前での集合・解散としました。

往路のバスはクラスごとの乗車です。盛り上がって運動会のエールを歌い出すなど、クラスで団結した運動会を思い出しつつ、親睦を深めていました。

往路の途中では「昨日からの雨で上高地はまだ地面がぬかるんでいるので、お弁当はバスの中で」と話していました。しかし次第に雨も上がり、着いてみたら地面も乾いていたので、当初の予定通り外で食べることにしました。

内部進学生・編入生を合わせた四百名全体が交流と親睦を深めることも、高一旅行の大きな目的の一つです。上高地では、一組から八組までの同じ出席番号の八人で班を編成して、一緒にお昼を食べ、ハイキングをしました。標高約千五百メートルの上高地は風が冷たく感じられましたが、バスから降りた生徒は「寒い!」と驚くだけでなく「空気がきれい!」と感動していました。残念ながら雲に覆われて穂高連峰の姿は見えませんでしたが、梓川の清流、カラマツやダケカンバなどの新緑、出会ったニホンザルの群れなど、上高地の自然を満喫した数時間でした。

夕方、上高地を出て高山市内のホテルに向かいました。ホテルは全て洋室で三人または四人部屋です。部屋割りは翌日のコースごとに、クラスの枠を超えて編成しました。内部進学生と編入生が混じっている部屋がいくつもあり、この旅行を機に交流を深めようという意欲が感じられました。

二日目は、白川郷に向かうコースと高山の市街地に向かうコースに分かれて、それぞれ班別の自主見学を行いました。東京ではひどい雨だったようですが、飛騨地方は快晴で、暑いくらいでした。

白川郷では合掌造りの集落を見下ろす展望台で解散して、集落の中を散策しながら、公開されている建物の中に入って見学です。飛騨の森で育った木を巧みに利用した、先人の知恵の結晶である合掌造りの家は生徒たちの知的好奇心を大いに刺激し、そんな生徒たちに地元の方々がいろいろと教えてくださっているのを見かけました。

高山では、資料館などを見学しつつ、古い街並みを散策し、お土産を探したり、五平餅や飛騨牛コロッケやソフトクリームなどをおいしそうに食べている生徒たちとたくさんすれ違いました。賢くレンタサイクルを借りて効率的に回っている班もありました。

白川郷も高山も、各自でお昼を済ませて集合し、新宿への帰路につきました。生徒たちが投票で決めた行き先で、現地ではとても楽しく、また学びも多い時間を過ごすことができました。しかし、一泊二日の旅で一日目の午前と二日目の午後は移動に費やされてしまうという遠さを、行ってみて改めて実感した生徒も多かったようです。高二修学旅行が、今回の経験や教訓が十分に反映されて充実した旅になるよう期待しています。

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