高校時代の魅力的な授業が、教員を目指すきっかけ
教師という職業を意識したのは、高校時代です。私自身、開成の出身ですが、当時は年配の先生がいっぱいいて、今思えばそうそうたる先生方なのですが、適当に授業しているようにしか見えませんでした。適当なのにめちゃくちゃおもしろかった。この人たち、どうしてこんなことができるんだろうと不思議でした。楽しげにやっているのも魅力だった。
それで興味を持ったのですが、この時点では漢文は好きだったけれど漢文の教師になるイメージはなかったように思います。
大学時代は教育学を専攻して、「漢文教育法」という授業で漢文に興味を持ちました。ちゃんとやれば、難しいけどおもしろいだろうな、と。
それで教職を取っておこうと考え、教育実習で母校へ行き、後輩たちに漢文を教えたわけです。あのとき思い知らされました。いや、授業をしろと言われればテクニカルな漢文の授業は自分にもできると思いました。でも、そこで見せているのが氷山の一角なのか、それとも調べてきたことのすべてなのかって、生徒には全部わかっちゃう。
開成生は「この人、いっぱいいっぱいでしゃべっているんだろうな」とわかっていたはずだけど、優しい目で見てくれました。でも、自分で気づいてしまった。「オレって、全然足りてねーな」と。
それで、そのまま教師にならずに、大学院へ進学しました。もっと深く勉強するために。このときの「深く」は漢文でした。現代文も古文も興味深いけれど、深く勉強したいのは漢文だった。
大学図書館に四庫全書がぶわーと並んでいました。電子検索ができない時代でしたが、先生は何を聞いても、「どこどこに○○が載っているよ」と、全部頭に入っているみたいだった。それは圧倒されるような分量で、奥深さで。これをちゃんとやらないといけないんだ、そんなの絶対無理だ。どうも大変なことを始めてしまったぞ。不思議なんですけど、やれやれ困ったなと思いながらも、どこかワクワクしている自分もいて。あのときなんとなく見えていた深淵なもの、この魅力を伝えたいと、僕は思ったんじゃないのかな。そして、そのときの思いは今の自分のなかに常にあります。

大学時代、四庫全書が全部頭に入っているような先生に圧倒される一方で、その奥深さにどこかワクワクしている自分がいました。その魅力を開成の生徒たちにも伝えたい。
開成生が求めるのは、成績を上げてくれる先生ではない
大学院時代に、非常勤講師として教える仕事を始めました。生徒とのかかわりが新鮮で楽しかった。修士課程を修了後、別の学校に就職し、7年後に開成へ。どの学校もそれぞれ好きだったけれども、母校で教えるという魅力、漢文の専任であるという魅力はやはり大きかった。
他校も経験したことで改めて開成ならではだなと思うのは、「いい先生」のとらえかたですね。一般にはいい先生って、教え方が上手な先生や成績を上げてくれる先生ですよね。でも開成で生徒から「いい先生」と認定されている先生方って、全然違う。おそらく生徒たちは、成績は自分で上げるものであって教員が教え込んだところで上がらないのがわかっているのでしょう。
だから生徒たちが先生に求めるのは、その分野でおもしろいことがちゃんとしゃべれるかどうか。漢文なら漢文の世界で生徒をひきつけるだけの力があるかどうか。
厳しくもおもしろいところへきて16年。「先生って、本当に楽しそうに授業をしますね」と言われます。「本当に楽しいからね」とこたえます。伸び伸びと授業に参加している生徒の姿は、見ているだけで楽しいですしね。
6年がかりで土を耕し、肥料をまき、種まきをする。伝えるべきことは伝え、つけるべき力はつけた。おめでとう、お楽しみはこれからだよ、自分の力で楽しいことがたくさん探せるよ、そう言って送り出したいなと思います。

開成という、厳しくもおもしろいところへきて16年。「先生って、本当に楽しそうに授業をしますね」と言われます。生徒たちには、「つけるべき力はつけた。おめでとう、お楽しみはこれからだよ」と言って送り出したいなと思います。




