今日の開成 創立150周年記念 高校新校舎
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英語科 青栁良太
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第3回 文法が通用しない、英語の理不尽さも共有する
英語科 青栁良太
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教員という職業に就いたのは、とくに大きなきっかけがあったわけではなく、しかし、比較的早い時期からなんとなく学校の先生になりたいと思っていました。

今は人前でこんなに話せるようになりましたが、もともと内向的な性格で中学校の居心地も最初は必ずしもあまり良くはありませんでした。ただ、中学1年のときの英語の先生が、「他の科目はすでに差がついているけれど、英語だけは全員が一緒のスタートをここで切ることになる。だから頑張れ」のようなことを言ってくれたんですね。それで少し頑張ったのでしょう。そして、少し得意になり、もっとやろうという気持ちが芽生え……という好循環につながったのです。おかげで英語が好きで得意な科目になったし、なんだかいろいろなことがうまくいくようになりました。

学校は人生にきっかけを与えたり、視点を変えたりする場所だと、あのときの私は捉えたのだと思います。


「自分が違いを生み出せるとしたら、どんな場所でだろう」と考えて、「やっぱり学校という空間かな」と考えました。その後、教員になり、開成という素晴らしい居場所を得ました

大学時代、将来について漠然と思いを巡らせ始めた頃、“make a difference”という表現がありますが、「自分が違いを生み出せるとしたらどんな場所でだろう」と考えて、「やっぱり学校という空間かな」と。そして自分が一番大きく変わったのは中学高校時代だったので、中学高校で教えることに惹かれたのだと思います。

それで教員以外の道は一切考えることなく教員になり、開成という素晴らしい居場所を得ることになりました。

知識を積み上げて初めて見える新しい景色に興奮する

開成の教員になって25年、今年50歳になります。教材をつくり続け、各駅停車で一つずつ進み終着駅に至る大きな路線図はできました。費やしてきた25年という年月を考えると、他人にはそう簡単につくり上げられないものをつくり上げたという満足感はあります。しかし、新しい学年を持つたびに、教材はアップデートしたい点ばかりです。言葉というものは時代とともに変わっていくし、自分が年齢を重ねれば人生観も変わる、生活も変わり、使うべき語彙も変わる。私自身、英語の教員としてさらに上のレベルを目指していきたい。

私が若い当時、50歳の先生ははるかに落ち着いて見えたので、私もその年齢になれば、心穏やかに過ごせるようになるのかなと考えていましたが、まったくそんなことはありませんでした。まだまだ、もっとやらなければ、と考える自分がいます。

これから先、授業のなかで目指したいものは三つあります。

一つは、生徒たちに、知識を積み上げた結果、新しい景色が見えてくる興奮を味わってもらいたいということ。

単なる記号の連続にしかみえなかったものが意味のある言語に変わって、ぱっと景色が見えてくる瞬間があるのです。高校に行くと生徒たちのその瞬間に立ち合えることがあって、それは教師としての最高の楽しみでもあります。

山に登ったからこそ、頂上から見える美しい景色があるように、外国語をコツコツと学んだからこそ、見えるものって確実にある。言葉にはそこに染みついた文化や使い手の思い、生活があり、言葉を増やせば次第に視界が広がっていきます。言葉を学んだからこそ、見えてくる世界、出会える人、行ける場所があるのです。それを生徒たちに味わってもらいたいと考えています。


知識を積み上げた結果、新しい景色が見えてくる興奮を生徒たちに味わってもらいたい。その瞬間に立ち合えることが、教員しての最高の楽しみでもあります