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中学二年学年旅行

2023年度の例

二〇二三年六月八日(木)~九日(金)、一泊二日の行程で中二の学年旅行は行われた。行き先は那須を中心とした栃木県。一日目は生き物コース・食べ物コース・スポーツコース・歴史コースに分かれたコース別行動、二日目は学年全体で午前中にチームビルディングを行い、午後に大谷資料館を見学した。
この旅行を通じて感じたのは、旅行委員を中心とした生徒たちの成長である。自分たちで作り上げるという点では実質初めての旅行であったにも関わらず、昨年夏の中二旅行委員会立ち上げの際の行き先プレゼンの時から、彼らは本当によく頑張ってくれた。見学先候補について、実際に旅行会社に依頼する前から入念な下調べをしてきてくれたし、この一年間でPCソフトの扱いにもぐんと手慣れ、教員よりよほど使えるのではないかというレベルに達した。しかも、彼らは旅行本番を通じてさらに成長した。雨の中各コテージを周って一時間もかけて消灯点呼をやり遂げ、教員だけでなく添乗員さんとコミュニケーションをとれるようになり、出発時刻を無視してお土産屋の列に並ぼうとする生徒たちをバスに戻し、バスの忘れ物やごみを拾い……数々の場面を通じて、自分たちが旅行のリーダーだという自覚が各員に芽生えてきたように思う。彼らはこの旅行を通じて確実に成長したであろう。頑張りを大いに讃えたい。
また、今回の旅行では旅行委員会イベント班と連携して、昨年度三学期に発足したLHR(ロングホームルーム)委員会も活躍してくれた。一日目の夜、宿泊先に隣接する那須ハイランドパークのご厚意で、ハイランドパーク貸し切りのイベントを行ったのだが、そのイベントの企画と運営を行ってくれた。「夜にイベントをやりたい」という声は早い段階からあったのだが、なかなか企画が煮詰まらない中でLHR委員に声をかけたところ、「しっぽとり」企画をすぐに立案してくれた。「しっぽとり」は大人たちには分からないが二十一世紀生まれにとっては比較的メジャーな競技らしい。一日目の夕食後、運動会の色に分かれて互いにしっぽを取り合う競技が行われた。那須ハイランドパークは委員たちが想像していた以上に広く、思ったようにいかない局面もあったようだが、参加した生徒たちは大いに盛り上がり、運動会の名残りを燃焼しつくしたようだった。急なオーダーに応え、準備を頑張ってくれたLHR委員にも深く感謝している。
一方で残念だったのは、全体を見られない生徒や、生活態度の悪い生徒たちも多くいたことである。時間が押しているのに悠々とトイレに行ったり、いつまでもお土産屋に屯していたり、チームビルディングを行った会場やバスの中に飲み残したペットボトルを置いて出て行ったり。他の生徒や現地でお世話になった方にご迷惑をかけて憚らず、迷惑をかけたことにも気づいていないような生徒たちが相変わらずいたことは非常に残念である。校内でも残念ながら、「おべんとねっと」のケースを時間通りに戻さなかったり、授業中に断りもせず飲み物を飲んだり、一部の生徒だけに掃除を押し付けたりするような生徒たちが依然散見される。普段の学校生活と旅行と場面は違えど結局は地続きなのだろう。ケアワークは周囲に任せ、自分がしたいことはほしいままに貪るような考えの者には、旅行を楽しむ資格はないと思うのだが。
課題が浮き彫りになる一方で、この旅行を通じて色々なものを感じ、成長した生徒たちがいることは確かであろう。最後に、私が引率した一日目・歴史鉄道コースについて軽く述べる。このコースは、まさに「人々の熱意に触れる」旅であった。
このコースは昨年度の富士旅行の際に石附先生がご企画なさった、開成の祖である佐野鼎氏の足跡を辿るコースに感銘を受けた歴史好きの旅行委員たちと、鉄道や地理を愛する旅行委員たちが、石附先生に協力を仰いで企画したコースである。このコースだけは、石附先生のカラーが強いコースだったと言える。しかし、生徒たちもアイデア出しにおいては非常によく頑張っていた。石附先生にアイデアを出しに来ては、その案をさらにブラッシュアップした案を返されるのだが、しょげることもなく、石附先生に任せっぱなしにすることもなく、アイデア出しを頑張っていたように思う。旅行企画の達人である石附先生と渡り合おうとした旅行委員たちの根性の芽が、今後さらに成長していくことを大いに期待したい。
一日目朝の出発、他のコースは学校集合だったが、歴史鉄道コースのみ北千住駅集合だった。今回依頼した旅行代理店が東武トップツアーズ様だったこともあり、東武特急で移動させていただくことになったのである。中二学年は他の学年と比較してもやや鉄分が多いのではないかと感じているのだが、北千住駅に集合するや否や当時運航開始前の東武特急・スペーシアⅩのポスターをバシバシ撮影しまくる者や、JR駅構内の自販機で販売されている「水ゼリー」を大量買いする者、どことなく今後の旅路の濃さを感じさせるスタートであった。早めにホームに移動してからは次々現れる東武特急を撮影する生徒たち。私もそれなりに鉄道に魅力を感じてはいるのだが、車両を撮るよりも車両を撮る生徒たちを撮る方が楽しかった。そうこうするうちに八時三分、生徒たちの乗る特急「けごん」が到着し、一路栃木駅まで向かったのである。
栃木駅に到着後はバスで宝積寺駅へ向かう。宝積寺駅は生徒たちが乗りたいと切望した烏山線の始発駅である(一部、宇都宮より宇都宮線と直通運転)が、この駅舎はかの隈研吾氏の事務所がデザインしたということだ。しかも駅舎の近辺には大谷石を曲線的なデザインであしらったショップやカフェが立ち並んでいる。車止めまで大谷石だ。急に先鋭的な建物が出てきたのでいささか面食らってしまったが、せっかくのオシャレ駅の前、全員で記念撮影ということになった。添乗員の方がカメラマンをしてくださって、「はいチーズ!」。……なぜか、後列の十人ほどが「水ゼリー」を片手に掲げてポーズを決めていた。ここで三十分ほどの自由時間となり、生徒たちは車両や駅舎を撮ったり、入場券を購入したりと思い思いに過ごしていた。その後無事全員が烏山線に乗り込み、一路滝駅へ。
滝駅で下車した後は、坂上田村麻呂ゆかりの太平寺に参詣し、すぐ近くにある龍門の滝へ向かう。龍門の滝は横に広がる大きな滝で、いかにも涼やかなスポットだが、それだけでなく、なんとここでは滝の上を烏山線が通る写真が撮れるのである。絶景と電車を写真に収めた後は滝のとなりにある「龍門カフェ」で昼食として駅弁・「とちぎ霜降高原牛めし」を頂いた。霜降というだけあって贅沢な味わい。牛肉とタレの味が染み込んだご飯、口をさっぱりさせてくれるガリもまた心憎い存在であった。栃木(宇都宮駅)は駅弁発祥の地であるらしい。
その後はバスで那珂川清流鉄道保存会へと向かう。この那珂川清流鉄道保存会というのがものすごい場所で、運送会社の社長さんが個人で集めた大量の車両を保存・展示しているところなのだ。旅客車両の他にもホルマリンや苛性ソーダの輸送車両など見たことのないような車両が大量にあり、千葉都市モノレールは吊り下げて展示され、まさにオタクの熱意が感じられる場所である。下見で訪れた際にもびっくりすることばかりだったのだが、バスが近づくとなぜか鉄道会社の制服を着た人が多数……駅員さんかと思うところだが、正しくは鉄道会社の制服を着たボランティアガイドの皆さまだった。元々四~五人程度ボランティアガイドをつけていただけるかも、という話が、なんと七人のボランティアの方々にガイドしていただけた。鉄道オタクの生徒たちはもはや狂喜乱舞、彼らが生まれた頃にはほとんどが運行終了していたブルートレインなどのレア車両の中に乗り込んでは写真を撮ったり、豊かな緑の中突如現れたアマガエルとミニ列車に乗ったり、素晴らしい時間を過ごせたようだった。滞在時間は一時間と、あまりに短いものだったが、「いつか、鉄研の合宿で絶対来よう」と決意していた者もいた。
そんな那珂川清流鉄道保存会のほど近くに、実は日本考古学の元祖と呼ばれる場所がある。それが侍塚古墳である。江戸時代中期にこの辺りで発見された那須国造碑に登場する人物の墓を特定しようと、侍塚古墳を徳川光圀が調査させたのだが、実際に徳川光圀が現地に行けなかったため出土品を記録に残させた。図らずも、近代的な手法で古墳を調査した始まりとなったということで日本考古学の元祖と呼ばれているそうだ。ここでは二班に分かれ、大田原市なす風土記の丘湯津上資料館の学芸員の方に古墳と資料館を案内していただいた。学芸員の方は非常に深い学識で生徒の質問に答えてくださり、せっかくなので私も長年疑問であった「なぜ大きい古墳は前方後円墳など二部構成(?)のものが多いのか」と聞いてみたところ、古墳の前部は祭祀のための場所だと考えられていることを教えていただいた。祭祀を行う場所がわざわざあるような古墳に眠っている人は貴人が多く、であればこそ自然と古墳の規模も大きくなる、ということだそうだ。その後、那須国造碑を祀っている笠石神社へ。笠石神社の伊藤宮司が、那須国造碑の碑文のポイントを非常にわかりやすくご解説くださった後、生徒たち一人ひとりにご神体である那須国造碑の本体を見せてくださった。私と石附先生は下見の時に一度拝見したが、改めて見てみると、碑の神々しいオーラに心打たれた。那須国造碑は碑文の美しさから書としても大変尊ばれているというが、その芸術性の高さだけでなく、隔てた時代の厚み、そして発見以降この碑を敬ってきた人々の思いが重なっているような不思議な感覚があり、ずぼらな私でも襟元を正さずにはおれないような気持ちにさせられた。宮司は、最後に生徒たち全員に資料とおみやげの鉛筆まで用意してくださった。
恐らく行程の詰め込み具合でいえば全コース随一の歴史鉄道コース、最後の見学先は黒羽城趾とその中にある黒羽芭蕉の館である。「奥の細道」で芭蕉は黒羽を訪れる。全体的に非常に足どりの早い旅路の中で、黒羽は芭蕉が長く逗留した場所であるらしい。生徒たちは歴史の授業の中で芭蕉をもてなした黒羽館代の存在などについても学んだようだが、ここで改めて黒羽藩の歴史について学芸員の方から丁寧なお話を伺った。資料館の中には「奥の細道」に関連する資料のほか、幕末の黒羽藩主・大関増裕が生き残りをかけて砲術などを学んだことに関する資料も多く残されていた。その後は黒羽城を歩き通していったが、これがなかなかのハードコースで、道中蛇や獣が出やしないかとおびえながら長距離を歩き、正直疲弊しきってしまった。ある意味山城の恐ろしさを体感できたのではないだろうか。
時間の都合上、最後に見学する予定だった、那須与一が扇の的を射る際に祈願したのではと言われる那須神社には立ち寄ることができず、その点は大変口惜しかった。
しかし、このコースにおいて最も恵まれていたのは、現地の人々の熱意にふれることができたことだろう。那珂川清流鉄道保存会のボランティアガイドの皆さま、大田原市なす風土記の丘湯津上資料館の学芸員のお二人、笠石神社の伊藤宮司、黒羽芭蕉の館の学芸員さん。いずれの方々も、ひとかたならぬ熱意を込めてお話をしてくださった。先述した通り、残念ながら今の中二には、人から「してもらう」ことを当たり前のことだと思ってしまっている生徒が多い。だが、歴史鉄道コースに参加した生徒たちは、道中色々なことを教えてくださった人々の熱意にふれたことで、いただいたご厚意に対する感謝を、礼儀をもって述べられていたように思う。他人から「してもらう」ことの貴重さに気づくきっかけは、この日のような熱い一期一会の中にあるのではないか、と感じたのであった。
末筆ではあるが、依然感染症への恐れが絶えない状況で快く生徒たちを送り出してくださった保護者の方々、学年団にお力添えを頂いた引率担当の先生方、生徒も含めて支えていただいた東武トップツアーズの皆さま、安全に旅を進めてくださった運転手とバスガイドの皆さま、そしてこの現地でお世話になった全ての方々に改めて深い感謝を申し上げる。

2020年度の例 ―新しい旅行のかたちのなかで―

はじめに、幻となってしまった昨年六月の旅行についてふれたい。中一旅行の直後に発足した旅行委員会(旅委)では、東海地方への旅行を計画した。往復の新幹線利用と宿泊費で予算を上回る状況に、「現地での活動はすべて班別行動とする」という挑戦的な対処で計画が進められた。

二日間とも旅委が設定したチェックポイントを通過する各班の行動計画は、三学期初めには概ね揃った。計画書のチェック、宿舎の部屋割や当日の旅委マニュアルなどもほぼ完成し、あとは下見で細部を確認して、しおりの作成を……という段階で感染症の第一波と休校に直面することとなる。可能な限り遅くまで延期し再延期はしないという方針で、旅委の活動も一旦は休止したのが四月下旬であった。先が見通せないなかで生徒たちは冷静に判断していた。

対面授業が再開した一学期の終わり、宿泊を伴う十月の学年旅行は難しいと判断し、代替となる活動として、日帰りで二日間の旅行を企画することとなった。一日目は都内、二日目は鎌倉・江ノ島方面での活動が決定した。

準備期間が十分に確保できず、かつ、感染症対策も考慮するという状況において、当初の計画も無駄にはならなかったと感じる。班別行動は、密集を避けるためには有効な面が多く、班ごとの行動計画も生徒たちは二度目であり、円滑に進められていた。また、オンラインでの資料の共有や会議では、一学期の授業での経験が生かされ、会議はオンラインでも、対面と同様に納得するまで議論が交わされた。例えば、初日の都内での移動に、どの切符を購入するかという話題では、訪日旅行者を主な対象とした「Welcome Suica」に「東京フリーきっぷ」を入れる、という学生団体旅行での発券が想定されていない切符の購入が委員会の希望として寄せられた。

旅行当日は、集合時以外は各班の計画のもとでの行動となった。緊急時は電話連絡、活動報告はオンラインで写真を提出という、引率も言わば「リモート」で行った。二日間とも大過なく終えられたことは旅委のきめ細かな運営のたまものである。

宿泊での旅行がかなわなかった今年度であるが、当初宿泊やチェックポイントとして訪問を考えていた施設の皆様には、班別行動や延期への対処をご検討いただき、また、二日間の日帰り旅行に際しては、江ノ島電鉄・JR東日本の皆様には大変お世話になり、改めてお礼申し上げたい。

来年度の旅行は、今回さまざまなことを綿密に計画した経験をもとに、関西ならではの学びの多いものになることを期待している。

2019年度の例 ―失敗と成功との関係...常識が育つ瞬間―

今回の学年旅行は一泊二日のキャンプでした。キャンプ場のご厚意もあり,広いエリアで周りを気にすることなく300名以上の生徒が過ごせました。

さて,キャンプと云えば「寝床」「食事」の確保が基本です。
当日は仮想通貨を稼ぎ,事前計画に従い「寝床」「食事」を確保するのですが,殆どの班が苦戦したようです。

例えば,全ての班が食事の為に「かまど」を作ります。事前計画の時間に何を調べたのか...。かまどの向き/高さ,テントとの位置関係など,キャンプをする人にとっての「常識」があるようです。果たして生徒たちは...。

また殆どの班の事前計画書には「飯盒で御飯を焚く」...との記述がありました。情報の解像度に不安を抱かせる記述です。当日の試食コンテストでは担当教員を「歯ごたえの凄い御飯」や「お粥とも云えない液体」が襲いました。「カレー」さえ恐怖でした。そのような中,生徒に何を云うか...我々教員も試される旅行でした。なお僕は一つも試食をしていません。

また或る班では,薪を目一杯にくべ,目の高さまで大きくなった炎を前に,気勢/奇声を上げていました。まぁ或る程度の予想/覚悟はしていましたが,実際にみると,其れはやはり異世界の光景でした。彼らにとって「食事」は大した問題ではなかったようです。
総じて...多くの「失敗」があり,其れによる「学び」がある,大変に有意義で愉しい旅行でした。

嵐の前の(?)全体説明

 

 

 

 

 

 

 

さて来年は,奈良への修学旅行です。
此れまでの学年旅行を今一度振り返り,新たな「学び」とし,其れを「常識」とした旅行を期待しています。

2018年度の例

今年度の中二旅行は、鎌倉・三浦方面に一泊してまいりました。

一年後の中三での京都・奈良方面の学年旅行は、歴史的背景と結び付けながらの旅行となることが予想されます。その中三旅行へ向けてという意味もこめて、歴史と地域性を感じることのできる二日間を旅行委員と準備をして当日に臨みました。

一日目は班ごとの鎌倉自由研修。円覚寺、鎌倉歴史文化交流館、長谷寺のいずれかから各班の自由行動がスタートし、事前に提出した行動計画表を基にそれぞれ鎌倉を巡りました。「鎌倉を自分の足で歩く」ことに重点を置くようにとの事前指導の結果、一時間ほど山道を歩いた班もあったようですが、鎌倉各所を有意義に散策することができたようです。ハイキングコースを歩いて神社仏閣巡りをしたり、鎌倉野菜の連売所を訪れたり、鍛冶屋で職人の方から貴重なお話を伺ったりと、各班バラエティに富んだ研修となりました。集合場所からホテルに至るまでかなり自由度の高い一日となりましたが、無事に全員が自力で三浦市のホテルまでたどり着くことができました。

二日目は五コースに分かれての活動となりました。三浦市内で海や自然関連のアクティビティをする三コース、横須賀軍港関係のコース、鎌倉野菜と江ノ島コースに分かれ、それぞれの地域の特色を肌で感じることができたようです。三浦市内では冷凍マグロが並ぶ市場の見学や城ヶ島の散策、三種類のマリンスポーツ体験やマグロ解体ショーなど、海と自然に関係するアクティビティ満載のコースとなりました。午後に二コース合同で行われた小網代の森散策では、川の源流から河口までの植生の変化を感じることができました。時間の関係で運よく干潟でのカニダンスが見られたのも収穫の一つ。横須賀軍港コースでは記念艦三笠の見学や船での軍港巡り、「要塞の島」と呼ばれる東京湾唯一の無人島猿島でのツアーなど、多くの歴史遺産に触れるコースとなりました。近年注目されている鎌倉野菜に関連したコースでは、地元の農園にてジャガイモ堀りのお手伝い。色鮮やかな野菜が育てられている「七色畑」を実際に見た後は鎌倉野菜たっぷりのカレーの昼食をとり、お土産にジャガイモを抱えて帰ってきました。午後の江ノ島自由研修では、短時間ながら自由に散策を楽しんだようでした。

この二日間は旅行のためかのように梅雨の合間の晴天となり、教員含めほぼ全員が日焼けをして帰ってまいりました。近辺に住んでいる生徒も多い地域ではありましたが、近いからこそ行ったことのない、知ろうとしなかった鎌倉や三浦の魅力に触れることのできた二日間になったと思います。

昨年とは違い、旅行委員が下調べをして事前学習を行ったり、一日目の判別行動計画表を作成したりと、自分たちで旅行へ向けてより手厚い準備ができるようになったことも今回の旅行における目に見える成長です。

来年度はより長い期間、より遠くへの旅行となりますが、さらなる自主性を見せてくれる旅行となることを期待しています。

無人島猿島をガイドとめぐる

鎌倉野菜の収穫をお手伝い

 

 

 

 

 

小網代の森散策

2017年度の例 -ワイルドな鎌倉-

本学年は,本学園初の試みとして「中2=日帰り,中3=3泊4日」の枠組みで学年旅行を実施する。今回は日帰りの旅行となる。といってこの〝日帰り〟を〝消化試合〟のような軽い扱いにはしたくない,1泊旅行以上の内容にしたいというのが学年の意向である。名所旧跡を漫然と見て廻るのでなく,中世の鎌倉を理解し実感するものにしたい。思い浮かぶスポットが〝切通(きりどおし)〟だ。今回は鎌倉の東の境界である名越切通(なごえのきりどおし)(境域的には逗子市に属する)を選んだ。近くの海岸に最古の築港遺跡和賀江島(わかえじま/わかえのしま)があり,それとペアで見学できると思ったからだ。和賀江島は干潮時にしか姿を現さない。幸運にも旅行日の6月9日は大潮で午前10時40分頃水位が最低となるので,それに照準を合わせ「和賀江島→名越切通」を全員必修の見学コースに設定し,残り時間を班別自由行動にあてるという計画となった。

今回は旅行業者を通さないため,それなりの準備の面倒さは避けられなかった。逗子市役所との交渉,集合見学場所となる寺院への挨拶,ルート確認のための度重なる下見,特に当日の道案内や監視役を添乗員にかわって旅行委員にやってもらうためにも,今回初めて旅委生徒を同行しての下見を2回(4月30日・5月15日)行った(計20人ほどの旅委が参加)。彼らは当日の生徒の交通整理などに大いに活躍してくれた。また名越切通内の史跡「まんだら堂やぐら群」の見学には逗子市教育委員会の佐藤仁彦(よしひこ)氏に特にお世話になり,本校にお越しいただいて事前学習として貴重な講演もしていただいた(5月26日)。

自分も歴史の授業を通じて生徒を〝鎌倉漬け〟にしたつもりである。アピールしたかったのは,女性雑誌の特集のような〝おしゃれな街―鎌倉〟ではなく,①切通(無論鎌倉時代そのままの姿ではないが…)ややぐら(中世鎌倉特有の墳墓)など岸壁に刻まれた鑿の削り跡に荒々しい中世人の息吹を感じてもらうこと,②短期間で切通の貫通・拡幅工事を完成させ,和賀島という人工島をたった26日で完成させた中世人のエネルギーを感じてもらうこと,③また鎌倉市内に遍在する谷(やつ/やと)という薄暗い胎内に深閑と佇む古社寺(あるいはその址)を散策することで,中世鎌倉の景観と雰囲気を体感してもらうことである。

妙本寺のある比企ヶ谷(ひきがやつ)で比企一族が滅亡し,一の鳥居がある由比ヶ浜一帯で和田一族が滅亡し,頼朝の墓がある法華堂跡で三浦一族500人余りが自決し,葛西ヶ谷(かさいがやつ)の東勝寺跡で北条氏800人余りが自決した。三方を山で囲まれた狭隘な地に十万という超過密な人口を抱えた鎌倉は中世東国の特異点であり,権力抗争で斃れた無数の人間の血を吸ってきた魔界なのだ。あるNHK大河ドラマ(作品としては完全な失敗作,ただ渡辺謙の北条時頼,北村一輝の平頼綱は光っていた。それにワンシーンのみの登場だったが筒井康隆の無学祖元にはぶっ飛んだ)で北条時頼が語ったセリフが忘れられない。―鎌倉には魔物が棲んでいる!

当日は天候に恵まれ,生徒諸君は思う存分歩き廻って大いに〝魔物〟の存在を感じ取ってくれたようである。さて来年は奈良・京都・大阪のどんな〝魔物〟に出逢うことができるだろうか?

2016年度の例

今年の中2学年は、1泊2日で奥多摩に行ってまいりました。快晴の青空のもと、生徒たちは奥多摩の自然を満喫しながら、充実した2日間を過ごすことができたと思います。

今回の旅行では、2日間ともコース別体験がありました。1日目の行き先とコースの内容は次の通りです。
●1日目
①氷川国際ます釣場…日原川下流の河原で釣りを行い、釣れた鱒の「はらかき(内蔵処理)」も体験しました。/②檜原 都民の森コース…檜原村にある「都民の森」でハイキングをした後、ミニ木工教室で木工品(ペン立て、ティッシュ箱、貯金箱のいずれかを選択)を作製しました。
宿泊先は「氷川キャンプ場」で、大小様々なバンガローやロッジに宿泊しました。夕食はキャンプ場内にある広い河原で、50班に分かれてバーベキューを行いました。昨年の旅行で学んだはずの「火おこし」がなかなかうまくいかない班もあり、食べ始めの時間が班によってまちまちでしたが、何とか全班が時間内に片付けまで終えることができました。バーベキューのメニューは、肉・野菜だけではなく、昼に釣った鱒もあり、最後に焼きそばも付き、食べ盛りの生徒たちも大満足の夕食だったと思います。
夜は、キャンプ場から徒歩5分ほどの距離にある「もえぎの湯」という温泉で入浴しました。暗い夜道を懐中電灯で照らしながら温泉に向かいましたが、途中に吊り橋があり、普段味わえないようなスリリングな体験もしました。

2日目のコースの内容は次の通りです。
●2日目
①日原鍾乳洞コース…東京都指定の天然記念物の鍾乳洞で、太古の昔から続く自然の神秘を体感しました。/②農園コース…「奥多摩ビジターセンター」では工作やクライミングウォールの体験をし、東京の水系についても学びました。「おくたま海沢ふれあい農園」ではピザ作りを体験しました。/③山のふるさと村コース…木工、陶芸、石細工のいずれかを体験した後、そば打ちを体験しました。/④浮橋ハイキング・工場見学コース…ハイキングの途中で、奥多摩湖に浮かぶ「ドラム缶橋」と呼ばれる浮橋を横断しました。その後サントリーのビール工場の見学をしました。/⑤むかし道ハイキングコース…旧青梅街道の「むかし道」を散策した後、「水と緑のふれあい館」で都市と水源地の関係について学び、「小河内ダム」も見学しました。/⑥多摩川アクティビティコース…ラフティング、ダッキー(二人乗りのゴムボート)で川下り、シャワーウォーキング(沢登り)のいずれかを体験しました。このコースは最も人気が高く、合計105人が参加しました。

1日目はほとんどの生徒が「ます釣場」で釣りを体験しました。見事な釣りの技を披露してくれた生徒がいる一方で、一匹も釣れずに途方に暮れていた生徒もおりました。多くの生徒にとって今回が初めての釣り体験だったようです。中には、魚が釣れた時に喜ぶのも束の間、釣竿をうまくコントロールできないがためになかなか手元に魚を持ってこられず、懸命に魚付きの釣竿と格闘している生徒もおりました。その後ようやく魚を手でつかめたのに、少し魚が動いただけで「あぁ!」と叫ぶ、魚がおとなしくなったと思ったら今度は魚の口の中にささった針が取れない…。魚の内臓処理も含め、普段体験できないことばかりで困惑した生徒もおりましたが、心地良い風の吹く奥多摩の自然の中での鱒釣り体験は、きっと生徒にとって良い思い出になったと思います。
2日間の旅行中、幸い怪我をした生徒、体調不良等で病院に行った生徒は1人もおりませんでした。この1年で体力もつき、逞しくなったなと、つくづく感じました。

最後になりますが、旅行委員の生徒は、昨年度の旅行終了時から今回の旅行が終わるまで、本当によく頑張ってくれました。1年間を旅行の準備に費やした初めての経験でしたが、特に2年生になってからの準備は大変だったと思います。本当にお疲れ様でした。既に来年の中3学年旅行の旅行委員会も発足し、活動をスタートさせております。また来年も良い旅になることを期待しております。

むかし道ハイキングコース_R

むかし道ハイキングコース

ラフティング体験_R

ラフティング

マス釣り体験

マス釣り体験

2015年度の例

今年の中2旅行は、伊豆方面に参りました。「国語1」の授業で川端康成の『伊豆の踊子』を読み、全員で「旧天城トンネル」を歩くという共通体験ができたことは、非常に意味のあることだったと思います。永遠と続くような真っ暗な道、ひんやりとして時間が止まっているような空間、それを支える切石の美しいアーチ、そのすべてが印象的でした。旅行委員の希望もあり、生徒全員が両日ともクラスに関係なくコースを選択。浄蓮の滝(清流での釣り体験)、河津七滝(訪れた全員が名物、わさび丼を食す)、沼津・修善寺の自由散策、堂ヶ島のトンボロ現象体験(地層や生物の観察を含む)、下田海中水族館のバックヤードツアー体験、爬虫類専門の動物園訪問(昼食はワニのカレー)、伊豆箱根鉄道の乗車(大場工場を特別に見学)等、どれも他の場所では体験できない、非常にユニークな経験ができたことでしょう。また宿泊施設がプロ野球のキャンプ地になっていることもあり、スポーツ大会も非常に盛り上がりました。参加した生徒、約140名は自分たちで声を掛け合いながら、競技の運営も立派にこなしていました。特筆すべきは旅行委員の活躍です。旅行通信の発行や抽選作業、パンフの作成、スケジュール管理、当日の食事やミーティングに至るまで全て滞りなく非常に適確でした。この1年の顕著な成長には、何度も驚かされたものです。来年以降も楽しみです。最後に、新中3旅行委員が翌週に発足し、教室に溢れんばかりの希望者が集まったことを一つ、付け加えておきたいと思います。

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天城トンネル

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天城トンネル

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堂ヶ島

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浄蓮の滝で鮎釣

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伊豆の踊子銅像

2014年度の例

中二学年は、六月五~六日の一泊二日で、群馬・長野県を旅してきました。このとき関東甲信越の天候は良くなく、特に初日と二日目の午後は本降りの雨に悩まされました。

一日目は全員で旧中山道の碓氷峠を越えるというものでした。事前に雨天用のコースも準備していたのですが、横川の「おぎのや」で山岳ガイドさん達と合流して話し合った結果、峠越えを決行することになりました。しかし、途中から雨が本降りとなり 、自然を満喫するというような余裕は全くなくなり、三百人が黙々と道を急ぐ「行軍」となりました。おかげでコースタイムが当初予定の五時間半を二時間近くも短縮できました。しかし予想外だったのが雨中の山蛭の襲撃でした。いつのまにか手足に蛭が吸い付いて、無理矢理引っぺがして血が止まらないでびっくりしている生徒が多く出たのです。おそらく数十名の生徒が蛭の害にあったことでしょう。蛭など目にするのが初めてだった生徒も多かったことと思います。事前の下見でも小雨の中峠越えをしたのですが、時期が晩秋だったためか、蛭の存在など全く気がつきませんでした。ホテル(軽井沢プリンスホテル・ウエスト)に入ったあとも、血が止まらないという生徒に諸先生方が対応することが夜遅くまで続きました。ホテルで困ったのはもう一つ、峠越えで靴がびしょびしょになり、ホテル内をスリッパで移動せざるを得なくなったことです。一応、部屋の外でも履けるスキー客用のサンダルのようなものを出してもらいましたが、数に限りがあり、開成生以外の一般客も宿泊しているホテルで、迷惑だったかもしれませんが、スリッパでの移動も黙認せざるを得ない状況でした。出発前は、天候はそれほどひどくはならないだろうと希望的観測で片付けてしまいがちですが、本降りの雨天の場合をより具体的に想定しておくことの大切さ実感しました。

ホテルでは遅くまで起きて廊下を走る者や寝過ごして朝食会場に姿を見せなかった者など、若干のお騒がせ連中もおりましたが、他の一般客に迷惑をかけるようなことはなく、無事滞在を終えました。

二日目は①鉄道文化村→富岡製糸場→こんにゃくパーク、②上田城→無言館→別所温泉、③懐古園→手打蕎麦体験、④松代見学、⑤浅間火山博物館→浅間牧場体験→白糸の滝、という五コースに分かれての研修です。私は②コース(生徒四二人)を引率しました。無言館は、太平洋戦争で没した画学生の遺作を収集した異色の美術館で、「信濃デッサン館」の分館として一九九七年に開館したものです。館長さんは窪島誠一郎(水上勉氏の子息)で、この日は特別に拝観後に窪島氏からお話しをうかがうことができました。単に反戦を訴えるだけでなく、先の東日本大震災の例もあげて、どんな厳しい状況下でも人間に生き抜いていく勇気を与えてくれる芸術の力強さを強調されたような内容でした。三十分余りのお話しでしたが、七十二歳とは思えない迫力に満ちた話しぶりは、生徒達に芸術家の魂とは何かを感じさせる結果となったでしょう。その後、近くのキノコ料理専門店で昼食を満喫し、午後は一時間ほど、別所温泉の散策をしました。時間が短かったので、北向観音と安楽寺くらいしか行けなかったとは思いますが、「信州の鎌倉」の雰囲気を感じ取ることが出来たのではないかと思います。予定時刻通りにバスで学校に戻りましたが、その頃には雨は本降りで、翌日まで大雨が続いて交通機関に影響がでるくらいでした。

今回の旅行は、旅行委員の活動もやや出遅れて、間際にやっとパンフができる感じで、また旅行の計画、コース設定などでももう少し旅委の主体性を発揮してほしかったのですが、これらの反省点を踏まえて、次年度の関西旅行では十分な準備と積極性をもって、より充実した旅行を実現できるよう頑張ってくれることを期待してます。今回の旅行を無事終えることができ、関係の皆様には深く感謝致します。ありがとうございました。

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