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国語科 宮利政
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第1回 開成では高校3年まで漢文が必修科目、「漢文を学ぶ意味とは」
国語科 宮利政
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中学も高校も、授業で「声を出して文章を読む」

中学2年の2学期には、『尋常小学読本』をみんなで読んでいきます。明治時代に使われていた教科書で、変体仮名(注・平仮名の異体字のこと)で書かれています。普段見慣れない文字ではあるけれども、内容は、たとえば「桃太郎」とか「さるかに合戦」など非常にとっつきやすい。漢文に入る前の教材として最適であると考え、先輩の先生から「おもしろいよ」と薦められたこともあって取り入れました。

教材は、ネットで手に入れた明治時代の現物を原本に、挿絵などは切り貼りして冊子をつくりました。変体仮名に初めて出合う生徒たちのために、サイズ感や「読本」としての雰囲気はなるべく本物に近づけるよう印刷会社にお願いして。理解することのできない原文とか原本とか本物に触れると、人ってなんだかワクワクするものですよね。それが器を大きくする。だから彼らにはたくさんぶつけていきたいんですよ、よくわからないけどなんだかおもしろそうだな、というものを。


ネットで手に入れた明治時代の『尋常小学読本』(右)を原本として教材(左)を作成。挿絵などを切り貼りして入れたほか、サイズ感など、できるだけ原本に近い雰囲気を再現した。

本文は変体仮名で書かれている。「理解することのできない本物に触れると、ワクワクするものですよね。それが生徒たちの器を大きくする。だから、彼らにはたくさんぶつけていきたいんです」

授業は、講義形式ではなく班ごとの「調べ学習」がベース。変体仮名はネットで検索できるので、読み方を一通り教えた後、グループ分けしてページを割り振り、自分たちで調べてきて発表してもらいます。質問が出てきそうな事柄については、その答えについても調べておく。自分で調べる力は、教科を超えて今後ずっと必要になっていくので、「調べ学習」は非常に大切にしています。

もう一つ大切にしているのが、「声を出して文章を読む」ということ。私の授業では中学2年から高校3年まで一貫して、みんなで音読する時間をできるだけつくるようにしていて、『尋常小学読本』は、そのスタートに当たる教材となります。素読文化があったころの本ですから、そもそも声に出して読まれることが前提の本なんです。

今の子たちって照れもあるのか音読はあまりやりたがらないらしいのですが、開成の子たちは高校3年までみんなちゃんと声を出してくれます。もしかしたら、これは開成らしさと言ってもいいのかもしれません。というのも、どの子も中学1年の運動会を経験すると、歌ったり大きい声を出したりすることがやたら好きになる。そして、どの学年のどのクラスにも、積極的に声を出して音読をリードしてくれる生徒が必ず何人かいる。

漢文には、長い間培われてきた訓読のリズムや響きがあります。それは音読することでより深く味わうことができるのですが、その心地よさを生徒たちはわかってくれているんじゃないかな、と思います。

故事成語を五七五の作品で語り、表現力を磨く

夏休み明けなど、ちょっとみんながダレている時期に行うのが「脱出ゲーム」です。「早く終わったら早く帰っていいよ」とインセンティブを与え、グループ分けをして全員を図書館にぶち込み、問題が並んだプリントを配布します。課題は「以下の問題を図書館にあるものだけを使って調べなさい」。問題の大半は適切な辞書を引けばわかりますが、なかに難問も入れておきます。

たとえば、「稲を成長させようと無理に力を添え、かえってこれを害することを示す二字熟語を答えなさい」。何に書いてあるんだろう? 何が手がかりになるんだろう? グーグルでなら調べられるけれど、紙では難しい。そんな彼らがすがるのは『稲の辞典』であったり『図説 イネの成長』といった本であったり。

メンバーで手分けして、手当たり次第に調べまくって、なんとか答えにたどり着いたら、晴れて図書館脱出。ダレていた空気が、その後ちょっと引き締まるのは、集中的に調べて結果を出すことの効果なのかもしれません。

中学2年の3学期には、「故事成語を五七五で表す」という授業をやります。生徒たちは故事成語の意味を調べ、まずはその内容を五七五で表します。次にそれをグループで読み合って、メンバーからコメントをもらう。最後にコメントをふまえて、作品として仕上げます。

だいたいにおいて、初めはしょうもない説明的なものを書いてきます。たとえばお題は「杜撰」で、最初に書いたのが「バスケ部の いい加減なる 連絡網」説明的ですよね。これに対して「ひねりがほしいな」「『いい加減』は『杜撰』の意味と被るから使うべきではない」「もっと工夫したほうがいいんじゃね」などのコメントがつく。それを受けて推敲した後の作品が「練習の 日程連絡 午前二時」ぐっとよくなりました。指摘を受けて表現を磨いたことがわかりますね。

こんなプロセスを経ると、なかなかいい作品も現れます。「五十歩百歩」をお題に、「バレンタイン 僕は母から 君は義理」これは、「おまえ、すげーな」と教室がどよめくレベルです。

とても五七五では自分の気持ちを語りきれないと、ギブアップしてしまう子もいますが、そんな子たちも含めて、どうやらみんな創作好き。その気持ちにも応えられる授業を工夫してやっていければと思います。

(文・取材=平林理恵、写真=稲垣純也)